・世界から、じぶんが消えたら、
世界には、じぶんのかたちの穴が空く。
じぶんのかたちの穴は、じつは、
じぶんが消える前から、そこにあって、
じぶんといっしょに動いていたのだった。
もう、じぶんのかたちの穴のことも、
じぶんと言ってもさしつかえないのかもしれない。
ぼくがいても、消えても、ぼくのかたちの穴はある。
世界はその穴を含んでいるし、
その穴があるからこその世界なのだ。
つまり、ぼくと世界はひとつのものだ。
ぼくがいようが、いるまいが。
だから、気配というものがわかるのだ。
世界というひとつのものの一部として、
なにがどうなろうとしているのかを、
ぼくらは感じられるのだ。
・すいません。
ややこしいことを書いちゃって。
そういう言い方でしか、うまく言えなかったので、
そのまんま書きましたが、
別に、頭がぱっぱらぱーになったわけではありません。
イチロー選手がよく語る、
「じぶんを含めた視界」のことを考えてましてね。
昆虫の擬態のことだとか、
タコの墨かけ攻撃のことだとか、
じぶんでないものの側から視線を感じる
ということを想像してみました。
で「そうか、どっちもひとつのものか」と思いついたら、
なんだか妙に腑に落ちてしまったのでした。
しかし、ま。なんのこっちゃ、かもしれません。
たまには、そういう日があることも世界の一部分、
どうぞ、お許しくださいませ。
今日も「ほぼ日」に来てくれて、ありがとうございます。
見逃しては後悔しそうなページも‥‥お気を付けください。